米国大手メディアをパニックにおちいらせた対談
2024年2月8日、ロシアウクライナ戦争がつづいているさなか、米国の政治コメンテータでTVニュース番組の司会者でもあるタッカー・カールソン氏とロシアのウラジミール・プーチン大統領との対談が、カールソン氏のウェブサイトおよびソーシャルメディアのひとつ「X」で公開されました。
この対談は、2024年2月20日現在、3億回という再生回数を得て、米国だけではなく、その他の国のひとびとにも予想外の反響をもたらし、マスメディア(報道機関)にもさまざまな影響をあたえました。
ところで、子供のころに読まされた教科書に書かれてあったように、米国の共和党(The Republican Party)の政策理念は「他国への干渉はしない」という立場を守ることでした。
つまりアメリカ孤立主義です。
向こうでは American Isolationism とか United States non-interventionism などと言われています。
そういう本来のアメリカへ回帰すべきだという信念をお持ちなのがタッカー・カールソン氏です。
彼はコネチカット州ハートフォードのトリニティ・カレッジ卒で、J・ウィリアム・フルブライト上院議員の姪にあたる継母をもつという「お坊ちゃま」くんです。
アメリカでもっとも高い視聴率を獲得することのできる政治コメンテータでもあります。
このタッカー・カールソン氏については、2023年5月29日に公開した『【資本主義とAI(人工知能)の問題】イーロン・マスクの警告』という記事のなかでも紹介したことがありますので、興味をお持ちの方は、ぜひ、お読みください。
はじめに書きましたが、そんな彼が、今年2024年2月6日にプーチン大統領と対談し、そのもようを2月8日に公開したのです。
とたんに、アメリカの大手メディアだけではなく、アメリカの地政学的覇権(はけん)の傘下にある西側諸国(同盟国)の大手メディアのほとんどが、文字通りパニックにおちいってしまいました。
「ゆるせない行為だ」とか「国家反逆罪(treason)だ」とか「彼はロシアのスパイだ」なんて声高に叫ぶ方たちまでもがいて、とても興味深いメディア風景がひろがっています。
「興味深い」と書きましたのは、大手メディアは、いままでに、ウクライナのゼレンスキー大統領とはなんども対談をおこなっていますし、うんと前にはウサーマ・ビン・ラーディンとの対談すら公開しているからです。
民主党(The Democratic Party)の宣伝機関と呼ばれ、コロナ禍以来、最低の視聴率を誇るMSNBCは、さっそくタッカー・カールソン氏とプーチン大統領の対談を嘲笑する内容の番組を流しました。
ふたりの対談の内容についてのこまかな検証はどこにもありません。
話された内容よりも、タッカー・カールソンという人物のしぐさや特徴に的をしぼり、彼の評判そのものをお笑いでつぶそうとする意図が見てとれます。
米国大手メディアが得意とするいつもの誹謗中傷(キャラクタ暗殺)テクニックなのですけれど、あまりにもそれがムキ出しになっていて、彼らの意図するところとは逆の笑いがこぼれてしまいました。
真実を伝えることが「犯罪行為」になる時代?
キャラクタ暗殺(character assassination)とは、たとえば、イラク戦争にたいして批判的な上院議員にたいして、彼の戦争に反対する理由と意見を報道するのではなく「いやいやおどろきました。自分の娘と同じ歳くらいの女性秘書には目がないといわれる彼が、とつぜん戦争反対をとなえるなんて。さては奥さんに浮気がバレて、いま、家庭内で戦争が勃発しちゃってるってことなんでしょうか? 反戦というプロパガンダで崩壊寸前の家庭生活と政治生命のふたつを同時に救えるとでも思っているのでしょうか?」といったやり方です。
もちろん、ここまで程度は低くないのですけれど、ふたりの対談の流れと前後関係を無視して、つまり文脈を無視したり、ある特定の部分をつまみとっては、じっさいの対談の内容とはまるでちがう意味に変えて解釈し批判するという常套手段をとっています。
それが米国の大手メディアのすべての局に共通の大合唱になることがあって、とても興味深い出来事に発展していくことがあります。
つまり、すべての主要テレビネットワークのニュースキャスターたちが口をそろえておなじことばを(一字一句のちがいもなしに)くりかえすことがあり、YouTubeなどで、その例ばかりを集めてつくられたコンピレーション動画をごらんになることもできます。
じっさいに、その手の編集版を見ていると、暗黒的な未来(ディストピア)を描いたSF映画に出会ったときのように、ゾッとする瞬間もあるので、怖いもの見たさで、ますます見るのをやめられなくなったりもします。
ニュースキャスターの方たちは、彼らの正面や左右におかれたモニタ画面(プロンプター)を流れてゆく原稿を読んでいるだけなのですけれど、もしかしたらそのスピーチ原稿(script)そのものを作成しているのが、米国の大手テレビ局のほとんどすべてを傘下においているテレビ放送局運営会社シンクレア・ブロードキャスト・グループであり、彼らが大手メディアを通して「世論」の舵取り(manufacturing consent)をしているのではないかという問題が(とくにオバマ政権のあたりから)取りあげられてきました。
それと同じような大手メディアの側からの批判的大合唱が、いま、タッカー・カールソン氏とプーチン大統領に向けられていて、じっさいに、むりやり世論の舵取りをしているとしかおもえないメディア風景(mediascape)が、手に取るようにつたわってきます。
しかも、彼らのあわてぶりがちょっと尋常(じんじょう)ではない、というか、フツーではないのです。
そのせいで、ほんとうは自分たちに知られたくなかったことがあるのではないかという疑いを米国民のあいだに芽生えさせ、もしかしたらすべてはプロパガンダだったのではないか、という不信感をさらにひろめることにもつながってしまったのかもしれません。
とは言っても、たぶん、一般的な米国民にとっては、ふたりの対談を最初から最後まで見る時間はないでしょうし、そんなシリアスな番組を2時間にわたって見るような忍耐力を持ちあわせている方たちも少なかったはずです。
それに、ふだんは、大手メディアのニュース番組とお笑い番組とスポーツ番組と連続テレビドラマしか見る機会のない方たちにとって、プーチン大統領の人物像は、それまで大手メディアが流しつづけてきた「ロシアという国を鉄の爪で手中におさめている恐るべき独裁者」というイメージからそれほど遠く離れたものではなかったでしょう。
でも、今回の対談相手はタッカー・カールソン氏です。
お茶の間になくてはならない解説者ですし、政治コメンテータのひとりです。
しかも、元は大手メディアのひとつFOXニュースにおられた方で、そこにおいても最高の視聴率を獲得していた人気司会者でもあります。
米国民にとっては、とても馴染みのある顔、とでも言えばいいのでしょうか。
おもしろいのは、過去にはずっと保守派(共和党側)の意見の代弁者のようにおもわれていた彼のFOXニュース番組を、近年は民主党に票を入れるようなひとびとまでもが見ていたという事実です。
3億回に近い視聴数が物語っているのは、かなり多くのひとびとがその対談を待ちのぞんでいたのだという証明かもしれません。
そんな米国民が、今回の対談によって、「あれ? いままで聞かされてきたプーチン大統領のイメージとちがうんだけど」とか「あれ? いままで聞かされてきたロシア・ウクライナ戦争の状況とちがうんだけど」という疑問を感じ、「もしかしたら、いままでの報道ってウソだったの?」とか「またまた彼らにダマされたのかも」という疑念をいだいて、ますます「大手メディア離れ」がすすむのではないかと、米国民主党政府は懸念しているようです。
と、ここまで書いてきて、ちょっと小首をかしげてしまいました。
映画『追憶』(1973年)や『大統領の陰謀』(1976年)、そして『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2018年)などで描かれているように、もともとタカ派の役回りをするのは共和党であって、民主党はハト派の役目を演じるということが、その両党にバランス良く多額の政治献金をばらまいて、米国の議会を買い取っているドナー(寄付者)たちの台本(ナラティヴ:narrative)だったはずなのです。
それが、クリントン大統領以降、オバマ大統領につづいてバイデン大統領までもが、かつてないほど戦争拡大の音頭をとってきたのですけれど、その全員が民主党から選出された大統領だったという皮肉に、ふと小首をかしげてしまったわたしでした。
でも、過去にも、振り子が大きくゆれて、それぞれの立ち位置が入れ代わったことがあったらしいので、ふたたびそういう時期にさしかかったのかな、なんて、東洋の島国の小さな一室から、過去に長く暮らしたことのある、なつかしい国をながめています。
ジャーナリストの使命とは?
ジャーナリストにとって、ときには他国の大統領と対談をするのはあたりまえのことだとおもいます。
たとえそれが敵国とみなされた国の大統領や党首や統治者であっても。
いえ、敵国の大統領だからこそ、なぜ、敵国とみなされるようになったのか、どのような経緯でそうなったのか、また、どのような政策をかかげているのか、いったいどんな人物なのか、などなど、ウクライナへの支援金という名目で多大な額の税金を吸いあげられている米国の国民にとっては、知りたいことがたくさんあるでしょうし、知る権利があるとおもいます。
この戦争のせいで国の財政が疲弊(ひへい)し、高額な光熱費で苦しんでいるドイツなどEU(欧州連合)加盟国の国民にとっても、また、ウクライナへの支援をおこなっているわたしたちにとっても、知らなければいけないことはあるはずです。
なぜなら、ジャーナリズムの本来の目的は「民主主義をうたっている国々において、その国民のひとりびとりが正しい判断を下して責任のある行動をとるための手助けとなる真実の情報を提供するための役割をになうもの」であるからです。
そして、マスメディア(報道機関)とは、あくまでも「国民に仕えるものであり、統治者に仕えるものではない」からです。
半世紀にもわたる長いあいだ米国の人気司会者でありつづけたバーバラ・ウォルターズだけではなく、映画『プラトーン』や『ウォール街』や『JFK』などの監督として知られるオリバー・ストーンだってプーチン大統領と対談しました。
なんら不思議なことでもなく異状なことでもありません。
にもかかわらず、今回にかぎって、きちんとした具体的証拠をあげることもなく「プーチンの言ってることはプロパガンダにしかすぎない」とか「まったくのナンセンスだ。全てが嘘にまみれている」とか「タッカー・カールソンはプーチン大統領に利用されているだけだ」とか「ロシアのプロパガンダに騙されているにしかすぎない」とか「プーチンに都合のよい質問ばかりだ」といった、子供じみた単純な全否定ばかりで、客観的で具体的な証拠(エヴィデンス:evidence)をあげておこなう反証にすらなっていないような意見が多く見受けられたことのほうが異常なのです。
戦争はプロパガンダなしには始まらない
「戦争の最初の犠牲者は真実です」
このアイスキュロスのことばは『戦争メモ 其の1』にも書きました。
戦争をはじめるときに統治者がおこなうことは、たいてい、そこにいたるまでの歴史を変えてしまうか無視することのようです。
そして、捏造(ねつぞう)された事件や出来事によって、戦争はとつぜん始められます。
たとえば、1914年にオーストリア皇太子夫妻が暗殺されるという事件をきっかけに第一次世界大戦が始まりました。
また、日本という東洋の島国がなんの布告もなく米国の真珠湾を攻撃したせいで太平洋戦争がはじまった、ということになっています。そこにいたるまで、米国による経済制裁のせいで、日本国民が苦しい生活を強いられ、石油をもとめて東南アジアへ軍を進めていった(もちろん財閥による利益の追求という目的もありましたけれど)、という経緯などは無視されてしまいます。そのことを米国民は知るよしもありません。
1980年代のカリフォルニアの高校で使われていた歴史の教科書を見せてもらったことがありますが、そのなかでも日本は悪者でした。
いきなり喧嘩を売ってきた犯罪国家というレッテルを貼られて終わりです。
独裁者「天皇」が支配するナチス・ドイツのような政府によって国民は弾圧され、若者は自爆テロと変わらない「カミカゼ」パイロットにさせられて死んでいった、としめくくられていました。
けれども、戦後はアメリカの「民主主義」と「自由」と「平等」政策のおかげで、ドイツとおなじく、信じられないくらいの速度で経済復興をなしとげることができた、と。
1990年の湾岸戦争の引き金になったのは、イラクが隣国クウェートに侵攻したという事件だと言われているようですけれど、じっさいには「ナイラ」と名乗る少女がおこなった証言による米国民の感情のゆれが大きかったとおもいます。
いまでは彼女の証言がすべて作り物で、プロフェッショナルによる演技指導をうけたこともふくめて、アメリカ政府によるプロパガンダ、つまり昨今話題になっている「フェイクニュース」(虚偽報道)だったということが判明してはいますけれど、あの戦争によって犠牲になった4,000人近い一般市民と26,000人におよぶ軍人たちは二度ともどってはきません。
同じように、2003年からはじまったイラク戦争のきっかけになったのは、亡命イラク人が発言したフセイン大統領は大量破壊兵器(weapons of mass destruction)を手にしているという情報でした。
いまでは、そのイラク側の陰謀も、アメリカ政府の「でっちあげ」、つまりプロパガンダによるフェイクニュース(虚偽報道)だったことが判明していますけれど、イラク戦争で殺された20万人近い民間人はもどってきませんし、そのひとりひとりとつながりのあった家族や親族や友人や恋人たちの心の傷をいやすことはできません。
けっきょく政府がいちばんタチの悪い陰謀論を流しつづけてきた張本人なのかも
じっさい、ここ4、5年のアメリカの世論を見てみますと、国民の半数に近いひとびとが政府を信頼しておらず、政府と大手新聞やマスコミのほうが、ソーシャルメディアなどで「すべてはイルミナァーティの策略」だの「支配者たちはじつは異星人」だのと言っているひとたちよりも、はるかにタチの悪い「陰謀論」を流布させてきた元凶だと考えていることがわかります。
それによって、じっさいに数多くの命が奪われ、歴史のある国々の有形文化財が破壊され、なんの罪もない新しい世代の未来が失われてきたのですから。
わたしたちは騙されてきたんだ、政府はずっと嘘ばかりついてきたのだ、というぐあいに。
そして、このような政府にたいする不信感と苛立ちは、大手メディア離れを加速させながら、アメリカだけではなくてヨーロッパやカナダにまでひろがっているようすです。
たとえば、コロナ騒動下におけるカナダのトラック運転手たちによる大規模ストライキは有名ですし、オランダ、ドイツ、フランス、アイルランドなどで現在進行中の農場経営者(farmer)たちによるデモやストライキもかなり大規模になっています。
このような状況があるからこそ、各国の政府は、ソーシャルメディアを取りしまり、ソーシャルメディアが流す情報の「ミス misinformation」(意図的ではないまちがい)や「デマ disinformation」(悪意をともなう捏造)を見張る機関を設けて、ソーシャルメディアそのものを政府の管理下におかなければいけない、と声高に主張しはじめているのでしょう。
大昔からある情報統制と呼ばれるものです。
けれども、どのような政府機関や新たな組織が、いかなる基準によって「この情報はまちがい、この情報は良し」と判断し、それぞれの情報にたいする罰則を科すのかはあいまいです。
また、そうなると、先進国のほとんどすべての国々が憲法でうたっている「表現の自由」もしくは「発言の自由」という、国民にとって最も大切な権利とぶつかることになり、とてもむつかしい問題が生じてくるはずです。
とくにジャーナリストや学者や作家にとっては、かなり深刻な問題をつきつけられることにもなるでしょう。
いえ、YouTuber や ポッドキャスターや TikToker(ティックトッカー) の方たちも同様です。
そもそも大手メディアで情報を発信している方たち自身が、いままで以上に自主規制を強めなければいけなくなって、まるでジョージ・オーウェルの『1984年』をそのまま現実に移しかえたような、まさに「オーウェル的暗黒の未来」(オーウェリアン・ディストピア)が出現するのではないかという恐怖をすら感じさせられます。
そのシナリオに不安を抱くひとびとを意識しているのか、米国および欧州各国の政府と大手メディアは「みなさんの考え方までをもコントロールするつもりはありません。ただ、いままで通り、情報はなるべく古くからつづいている信頼できるメディアから得るようにしましょう」と呼びかけています。
もとはといえば大手メディアから流れてくる情報が信頼できなくなったためにこのような状況が生まれているのにもかかわらず。
近ごろでは自分たち大手メディア自身を『レガシーメディア Legacy Media 』(過去からの伝統をひきついでいるメデイア)と呼んでいるようで、ちょっぴり痛みのある悲しい苦笑がもれてしまいます。
まるで「どうか『従来のメディア』を信用してください」と哀願しているようで。
2024年2月にはいって、ニューヨークタイムズやワシントンポストなどで大規模なリストラがはじまったという事実そのものが、長年のあいだひとびとにそっぽを向かれてきた結果なのかもしれません。
マスメディア(報道機関)は、あくまでも「国民に仕えるものであり、統治者に仕えるものではない」という信念を、歴史のどこかでポケットから落としてしまったのかもしれませんね。
もしかしたら、株式を上場して、機関投資家や株主や銀行家の意見、とくに新聞社そのものを所有している億万長者のオーナーの意見に耳をかたむけ、あるときは従わなければいけなくなったころから、ポケットに穴があきはじめていたのかもしれませんね。
【追記】この記事は2024年2月25日に公開した「ロシア・ウクライナ戦争の背景と真実 | プロパガンダ戦争の時代」からの抜粋です。
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