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クラシックバレエと舞踏(Butoh)とストリートダンス | Part1

執筆者の写真: 香月葉子香月葉子

更新日:2023年9月18日


クラブDJとムーンウォークとDubstep Dance



スタジオ・ウエストの夜と伝説のクラブDJ


 バークレーで暮らしていたころ、ときどき、サンフランシスコのスタジオ・ウエスト・ナイトクラブ(Studio West Nightclub)へ出かけることがありました。


 頭のなかがことばであふれかえって、自意識の波間で溺(おぼ)れそうになったときは、リズムに合わせて体を動かすのがいちばんだったからです。


 1980年代初頭はキャメロン・ポール(Camron Paul)という DJ がおられて、3、4メートルの高さはあろうかとおもわれる場所から突き出た、まるでオペラハウスのボックス席のような空間で、ヘッドフォンを片耳におしつけながらヴィニール(レコード)をまわしておられました。


 当時すでに伝説的(legendary)な Club DJ と呼ばれていたことは小耳にはさんだことがあります。


『ミキシングの草分け的存在』(The Godfather of Mixing)だとみなされていたそうです。


 ノースリーブのTシャツを着て、高みからダンスフロアを見下ろしている姿は、忘れることができません。


 ベースギターとバスドラムの音を横隔膜(おうかくまく)で受けとめつつ、ハイハット・シンバルがリズムをきざむシャッシャッという音に耳たぶを撫(な)でられるたびに、わたしの背すじに電流が流れるのを感じました。


 もちろんナイトクラブですので、音量がすごくて、ちかごろでは、なぜかジュラシック・パークの映画のなかの、あの有名な場面を思い出してしまいます。

 クルマのダッシュボードにおかれたドリンクの表面に、ティラノザウルス・レックスの足音が近づいてくるのにつれて、波紋(はもん)がひろがるという場面です。

 でも、ひとつひとつの楽器の音はくっきりとあざやかで、ほんとうにドライでクールな音だったことをおぼえています。


 踊ることに夢中で、スピーカーがどこのメーカーだったのかわからずじまいなのが残念でなりません。


 照明もすばらしくて、さまざまな色の照明が、まるでサーチライトのようにドライアイスの霧をつらぬきながら動きまわるのをながめていると、SF映画(Sci-fi movie)に出てくる宇宙ステーションのなかでパーティをしているような気分になりました。


 また同時に、ピンクフロイド(Pink Floyd)のライブをおもわせるシンプルで強い印象をあたえられる美しさでもありました。


 当時のサンフランシスコで「最先端のナイトクラブ」と呼ばれていたのがうなずけるホットスポットだったことにまちがいはありません。



ムーンウォークde変貌開始


 どうして Studio West のことを思い出したかといいますと、つい先だって、なにげなく YouTube を見ていたとき、ひさしぶりに Nonstop という呼び名で知られているマーキューズ・スコットMarquese Scott)のビデオに目がとまったからです。


 ドラゴンハウス(Dragon House)に属している個性豊かなダンサーの方たちといっしょに踊っている姿がありました。


 はじめて彼のダンスを見たのは2011年のころです。


 ベンチからゆっくりと立ちあがった彼が踊りはじめる映像でした。

 録画したあとにビデオをいじくって、スローモーションにしたり巻き戻したり(rewind)しているのではないかと思えたので、なんども見直したのをおぼえています。


 わたしはカセットテープとVHSのビデオで育った世代のひとりですので、そのような「巻き戻す」イメージを抱くのですけれど、いまでは Final Cut Pro や DaVince Resolve もしくは iMovie でかんたんにそのような編集ができてしまうので、なおさら疑ってしまったのかもしれません。

とにかく、ダンスとかパントマイムとか、そういうジャンルの概念を超えたものを目撃しているのではないかという、驚きと興奮につつまれました。

 それと同じような衝撃(しょうげき)をうんと前にも味わったことがあります。


 いまは亡きマイケル・ジャクソンの代表的ステップ(Signature Step)のひとつムーンウォーク(moonwalk)を見たときでした。


 はじめて目にしたのは1983年の5月だったと思います。


 たしか「モータウン25周年記念:過去と今とこれから先ずっと」というふうなタイトルのTV番組で、アメリカで暮らしていましたので、ぐうぜんにもリアルタイムで見ることができました。


 モータウン(Motown ; Motor Town)という文字を、あのころ欠かさずに買っていたTV Guide誌の番組スケジュール表のなかに発見したとたん、ほんとうに胸が高鳴りました。


 女子校生時代はシルヴィ・バルタンに代表されるフレンチポップス(French Pops)が大好きで、そのジャンルのものを45回転のシングル盤(表面と裏面に一曲ずつで計2曲だけのちいさめのレコード)で聴き漁っていました。

 それとおなじくらいに好きだったのが、モータウンの象徴的な歌姫ダイアナ・ロスでした。ですから、その25周年記念の番組があるということにびっくりして、しかもジャクソン5をひさしぶりに見れるということもあって、番組がはじまるのをワクワクドキドキしながら待っていたことを思い出します。


 その番組のなかでマイケル・ジャクソンが「Billie Jean」という曲を披露するわけですけれど、フレッド・アステアというよりもフラメンコ・ダンサーのホアキン・コルテス(Joaquin Cortes)をおもわせるキレの良いダンスと、ボイスパーカッションをおもわせる彼独自のシャウトをふんだんに使った歌唱法が、産毛をさかだてるようなノリ(groove)をうみだして、そのせいで、わたしは息をするのを忘れてしまうほどに興奮していたのをおぼえています。


 ところが、彼の甘いファルセットに胸をときめかせていると、いきなり、いままで見たこともないことが起きたのです。

 それがムーンウォーク(moonwalk)でした。

 前へ向かって歩いているはずなのに体は氷上をすべるように後ろへ向かって引っぱられていくようにしか見えないのです。

 しかも人形のようなロコモーションで……。


 はじめてムーンウォークを見たときの衝撃はあまりにすごくて、テレビの前で小さな悲鳴をもらしてしまったくらいです。


 その瞬間、マイケルジャクソンは、ジャクソン5の愛くるしいマイケル坊やではなくて、この世界にただひとりしかいない(one and only)アーティストとしてのマイケルジャクソンに変貌(へんぼう)をとげたのだと痛感しました。


 それからというもの、世界中の老若男女(ろうにゃくなんにょ)がマイケル・ジャクソンのダンスをコピーし、ムーンウォークに挑戦してきました。


 いまでは「ムーンウォーク世界大会」(Moonwalk World Cup)というものまであるようです。


 かなり前のことになりますけれど、TikTokというプラットフォームではパスカル・レトブロンPascal Letoublon)という青年のムーンウォークを見るのが好きでした。ちかごろではカズホ・モンスターKazuho Monster)のムーンウォークが気にいっています。



宇宙人はDubstepDanceがお好き


 お話をマーキューズ・スコットにもどしますと、彼はバックスライドをつかったムーンウォークをサラリとこなすだけではなくて、サイドウォークや回転ムーンウォークなどを自由自在におりまぜているため、まるでスケートをはいて氷の上を移動しているようにすら見えるときがあります。


 マイケル・ジャクソンの切れ味の良い彫像的(statuesque)なフォルムの連続とはかなりちがう印象を受けますけれども、そのマーキューズ・スコット自身はマイケル・ジャクソンとジェームス・ブラウンに憧れた世代のダンサーのひとりです。



 でも、彼のダンスは、わたしのような素人目(しろうとめ)にも、マイケル・ジャクソンとは異質なものだとすぐにわかります。


 海底でゆれている海藻のように手足をくねくね(waving)させていたかと思ったら、とつぜん感電したとしか思えないくらいに全身をブルブルとふるわせ(vibration)、ふいに再生装置が故障したかのように同じ動きをなんどもくりかえし(twitching)、それがこんどはスローモーションを見ているとしかおもえない動き(slow mo)に変わります。

けれども、けっして勝手気ままにその場の思いつきで踊っているわけではなくて、ジャズ・ミュージシャンがおっしゃる「リフ」にも似た、過去のダンスの歴史が育んできた定番の技(イディオム&フレーズ)の組み合わせをアレンジして、それをくりかえし使っているのは素人目にもはっきりとわかります。

 まさにマーキューズ・スコットをマーキューズ・スコットたらしめている独自の技(signature move)がいたるところに散りばめられているからです。


 そんな彼のダブステップダンスとは対極にあるかのような踊りがロボットダンスだとおもいます。

 はじめて目にしたのは70年代のはじめころでした。

 そして、2012年ころからは、ポッピング・ジョン(Popping John)やチビ(Chibi)に代表されるロボット族が出てまいりました。


 でもこのお二人も、マーキューズ・スコットとおなじく、ダブステップというエレクトロニック・ダンス音楽のジャンルのひとつをみごとに取り入れた世界的なレベルの方たちだと思います。


 ドイツの電子音楽グループでテクノポップの先駆者クラフトワーク(KRAFTWERK)の「The Robots」(1978年)を聴きながら、じいっと彼らのダンスを見つめていると、可笑しみがあって楽しいのにもかかわらず、どこかに哀感がただよっているという印象を受けます。


「We are the robots」というリフレインがなんともいえない「ブラックな可笑しみ」を感じさせてくれます。

 もともと〈ロボット〉ということばには〈他人にあやつられる存在〉という意味もあるということを思い出さずにはいられません。


 80年代のアメリカで大人気だったソウル・トレインSoul Train)というテレビ番組では、スタジオに招かれたひとりびとりがユニークで個性的な踊りを披露(ひろう)していましたし、そのなかにはロボットを踊る人たちの姿も多かったように記憶しています。


 もちろん胴体や手足をぐねぐね動かすタイプの踊りもありました。

 頭の動きにあわせて首から下をくねくねゆれ動かすダンスも見たことがあります。


 けれども、マーキューズ・スコットの「くねくねダンス」はクネクネ度がふつうではないのです。

 骨が溶けてしまったかのようにしか見えないのです。


 2012年ころには彼のインタビューをいくつか見ました。

 どのインタビューでしたか忘れましたが、強く印象に残ることばがありました。


「もし宇宙人が地球にやってきて、ぼくらが聴いている音楽に合わせて踊ったとしたら、どんなふうに踊るだろう。ぼくはそれを想像してみたんだ」


 宇宙人はエレクトロニック・ダンス音楽のなかでもとくにDubstepがお好みのようです。








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