連続的な激突音にゆすぶられて目が覚めた。
タウンハウスの裏庭に面したカリフォルニア州道29号線からだった。
ベッドのそばの置き時計へ首をまわすと夜の10時をすこし過ぎていた。
緒斗とわたしはいそいで身を起こし、2階の寝室のカーテンを引き開けた。
裏庭のすぐそばを走っている29号線の路上で交通事故が起こったらしい。
クラクションが途切れることなくパァーと鳴りつづけているのが耳をこわばらせた。
事故のせいで音をとめることができなくなったのだろうか。
2階の窓から見下ろすと、裏庭の木製フェンスのすきまからは、横倒しになったバイクのようなものが見えた。また、その背後を走っていたと思われる乗用車のボンネットがかなりへこんでいるのが見えたし、その乗用車のトランクをおしつぶすようにして数台のクルマが玉突き事故を起こしているのも見えた。
じきにけたたましいサイレン音とともにハイウェーパトロールや救急車や消防車が集まってきた。
北へ向かう車線で起こった聖なる夜の出来事だ。
クリスマスツリーに飾られた色とりどりに点滅するイルミネーションライトの代わりに、青と赤のパトカーランプがいそがしく回転しながら警察官や救急隊員や救命士の顔を照らしあげていた。
カリフォルニアのクリスマスは青空の彼方からやってくる。
渡米してしばらくは、その暖かい聖夜が肌になじまなかった。
けれども、あの日は、ひとり暮らしの隣人のバーニースと食事をしているうちに、しだいにクリスマス気分が沁みこんでくるのを感じていた。
夕食後、60代半ばの彼女とワインを飲みながらカードゲームを楽しんだおかげだろう。
ただ、その酷い事故が起こったとき、緒斗も私も酔いから完全には醒めていなかったとおもう。
そのせいか、ほんの目と鼻の先で起きた事故現場をながめているのにもかかわらず、それがまるで映画を撮影するために作られた舞台の上での出来事のように感じられた。
ヘルメットをかむった救助隊が多重事故を起こした人々を車内から救出していた。
しばらくのあいだ、窓を開けたままその光景を眺めていたが、夜の冷気で体が冷えてきたので、わたしたちはベッドへもどった。
ナパは盆地なので昼と夜の寒暖差は大きい。
それから数時間後、カリフォルニアの空が明るみはじめたころ、猫のサティの鳴き声が階下から聞こえてきた。
サティは興味をそそられるものを見つけると、それを人間と共有したくて仕方がないらしく、わたしたちが彼の呼び声に応えるまで鳴き続けるのが常だったので、サティを鳴き止ませるためには、この寝不足気味の目をこすりつつ階下へ降りて行くしかなかった。
「サティ、なんなの? なにか見つけたの?」
サティはキッチンの流しにのぼってガラス窓から外の一点を見つめたまましきりに鳴いていた。
なにごとかと思って目をやると、パティオの樹の枝に小鳥が2羽止まっていた。
わたしがサティの頭をなでると猫はとたんに静かになったけれど、そのまま小鳥からは目を離さなかった。
2羽の小鳥はぴったり寄り添って細い枝の上に止まっていた。
きっと「つがい」なのだろう。
緒斗とサティとわたしとでしばらくその2羽の小鳥をながめていた。
けれども、彼がそっと窓を開けようとしたとたん、小鳥はパッと飛びたち、事故のあった29号線の上をこえて、じきに見えなくなった。
その同じクリスマスの日の昼下がり、中庭に設置されたランドリールームで乾燥機を使っていると、隣人のバーニースが話しかけてきた。
「すごい音だったわね」
昨夜の交通事故の話題だった。
彼女はこの事故のせいで眠れなくなったらしい。
地方新聞の『ナパレジスター』には事故の詳細が記事になっていたと教えてくれた。
乗用車の前を走っていたオートバイがいきなり転倒して、乗っていたカップルが道路に投げ出され、乗用車の運転手は急ブレーキをかけたが間に合わず、ふたりを轢いてしまった。
そして、その乗用車が急ブレーキをかけたせいで、こんどはその後ろを走っていた乗用車やピックアップトラックが次々と玉突き事故を起こすことになった。
轢かれたのは10代後半のカップルで、女性物の長い純白のマフラーがふたりの首に巻きついたままの状態だったらしい。
D.O.A.だと書かれていたから「病院到着時にはすでに死亡」(Dead On Arrival)だったようだ、とも教えてくれた。
「きっと、何かのはずみで彼女のマフラーが彼の首に巻きついて、それをなんとかしようとしているうちにバイクが転倒して…それで昨夜の事故になったらしいわ」
わたしはただ黙って聞いていた。
バーニースは眉をひそめて言いそえた。
「よりにもよってクリスマス・イヴにね…まだ若いのにね」
そのことを緒斗に伝えると、彼はぽつりとつぶやいた。
「でも、そのふたり、離れ離れにならなくてよかったね」
「最期まで一緒だったんだものね」とわたし。
しばらくして彼が思い出したように言った。
「ところで、今朝、パティオにいた小鳥のつがい、おぼえてる? たしか首のあたりに白い毛がなかったっけ?」
「わたし、気がつかなかったけど、そういえばそんな気もする」
「ツグミだったんじゃないかと思ってさ」
「え?」
「ツグミって白いマフラーをしてるように見えるんだよな」
「うん、そうだった。今朝の小鳥、ツグミだったとおもう」
「そうか、やっぱり、そうなんだ」
けれどもわたしたちが目撃したつがいの小鳥がはたしてツグミだったかどうかはわからない。
そもそもカリフォルニアにツグミが棲息しているのかどうかすら知らなかったし、たとえいたとしても、そのツグミが日本のツグミのように首に白いマフラーをしている種類なのかどうかも知らなかった。
そのままわたしたちは会話の糸口を失ってしまったので、ぼんやりとキッチンに突っ立って、つがいの小鳥がとまっていたあたりをながめていた。
そのうちサティがやってきて、わたしのふくらはぎに体をすりよせながら餌をねだりはじめた。そして緒斗はピーっと笛を吹きはじめたポットを電気ストーブからはずし、窓の外、クリスマスの日のナパの空はいつもと変わらず青かった。
上空には強い風が吹いていたのだろう、水彩画で薄く描かれたような雲が北へ向かってのびているのが見えた。
1981年 クリスマス / ナパ
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